DavePerthのオーストラリア生活記&海外旅行記

オーストラリア永住者の現地情報(生活・サーフィン・アウトドア)や海外旅行記など

Road to オーストラリア永住権⑥

2か月弱の長い夏休みは充実してた。

サッカーして、サーフィンしまくり、他にも自転車で40度越えの中干からびながらのキャンプ旅行インドネシアへのバックパックと十分に満喫したのだが。。。

そのインドネシア旅行で貰ってきた虫刺されからの感染症か何かの原因で、両足の膝から下が半分腐ってるんじゃないかと思うほど膿んでそこから2か月くらい完治するまでに掛かった。それでも

痛みで高熱が出て足から血がこぼれながらも学校には行っていたのだが、さすがに痛みがひどくなり2日間学校を休んでしまい、そこで一年目からの皆勤賞は途切れてしまった。。

いや、皆勤賞達成しても誰も褒めてくれるわけでも何かくれるわけでもなく、だったら休めよ俺、って感じだけど、高校も授業スキップしがちで大学も目的も無く入って結局中退してしまった俺にとっては、こんなにちゃんと学校に行ってる自分を誇りに思うために無理にでも行きたかったんだと思う。

2年目は最初のそのアクシデント以外は順調で、慣れてしまったせいかプレゼンやレポート中心になった授業もそつなくこなし、何と最終的にはトップの成績で無事2年のDiplomaコースを終え卒業する事が出来た。

1年目苦労したせいか、2年目は拍子抜けするくらいあっさりと終わり、達成感や喜びはそれなりにあったのだが1年目の終わりが一番嬉しかったのかな。

 

 

学校を終えて

最初の意気込みでは一旦オーストラリアに渡ったらそのまま永住まで突っ走るぞ!と思っていたのだが、結局当たり前だが滞在するためにはビザという物が無くては外国人は滞在することが出来ないのである。

少しビジネスビザのスポンサーを探してみようと試みたりしたが、残りの学生ビザの期限までに見つけられる時間も無く、結局一旦日本に戻り仕切り直しをすることにした。

よって最後のビザが切れる日までパースの自然を満喫し倒し、帰りに東南アジアを旅して帰ったのであった。

 

帰る際オーストラリアを離れる寂しさは全然無かった。なぜならまたすぐ戻ってくると確信していたから。

周りの日本人では、”また帰ってくる”と行ったきり一旦日本に帰るとそこに馴染み仕事を見つけ帰って来ない人が殆どだけれど、自分には強い信念があったし、戻ってくるのが当たり前の感覚でいたのだ。

 

つづきは日本帰国からだけど、一旦番外編として2年間の生活の中で勉強以外の趣味やイベントなどの話を挟みたいと思います。