DavePerthのオーストラリア生活記&海外旅行記

オーストラリア永住者の現地情報(生活・サーフィン・アウトドア)や海外旅行記など

Road to オーストラリア永住権⑦

留学を終えに日本に帰国

 

2年間の留学を終え一旦に日本に帰国すると、余韻に浸る間も無くすぐ就職活動を始めるため、職種はオーストラリアで学んだツーリズム関係で探そうと準備を始めた。

色々就職情報誌などに目を通しているとまず気づくのが、大手の旅行会社などは全然求人広告を出していないのである。まあ元々日本の大手とかには性格的に合わない事は明白なので中途採用に積極的そうな旅行会社、留学関係、ホテルなどの面接を受けたのだが、

そこで絶対的な自分と日本社会の壁を痛感してしまう。。

まず仮に面接を10社受けたとしたら、留学経験に対する受け取り方が極端に2分するのである。留学経験をその人の人生の一部と捉えるのでなく、そこだけ見て判断してる節が感じられた。

極端に2分されると言ったが、その中で留学経験を肯定的に受け止めるのは10社中1~2である。後はネガティブな感じ。

ひとつのホテルを受けたときなんか、俺はまだ挨拶以外殆ど何も言葉を発してないのに、”いかにも日本のやり方が全てです、社会人たるもの~~”とか言いそうな面接官達が、”留学なんてしてるのは~~”みたいな留学そのものに最初から拒否反応しかしない人間達だったのには驚いた。

あとは他の旅行会社や留学関係なども、面接という公的な場で平気で法律違反の労働条件を当たり前の顔をして述べているのには開いた口が塞がらなかった。中でも”有給なんて取る奴は社会人としてどうかしている”的な事を口走る面接官もいたりして、

”これはまたすぐ日本を出なければならない、ここにいたら絶対に幸せな人生など送れない”

と強く感じたのは良く覚えている。

そんな中でも数少ない留学経験を肯定的に受け止めた、ある個人経営の旅行会社に就職が決まったのだけど、まーブラック丸出しだったので入ってからも出来る限り、周りにどう思われようと自分は無駄な残業などを最小限に抑え次のオーストラリア行きの事を考えていた。

ただあまりの労働条件の悪さや、同じ時期に入った中年の経験豊富な同僚の人が実は泥棒だったことが発覚した事などが重なって、ここにいては本当に人生の無駄になると思い数か月で辞めてしまった。

その後再び就職活動をしていて以外にも早く仕事が決まったのだが、翌日から新しいに職場に出社、という前夜なかなか眠れずたまたま気晴らしに行った近所のローソンたまたま目に入った就職情報誌の表紙にデカデカと海外就職特集と記載されており、手に取ってみるとその中でもオーストラリアがフォーカスされている感じだったので即行買い求めた。

家に帰りパラパラめくっていくと、何とビジネスビザスポンサー有りの求人が結構な数出ていた。その中でも探している旅行関係もあったのですぐ様リストアップして応募をする事にした。

そして何と翌朝その日から出社予定だった会社に電話を掛けて雇用を辞退させてもらうという思い切った決断をした。

 

いや自分でも思いっ切ったと思うけど、どっちみち絶対にオーストラリアに戻るという信念は変わらないのならこの機会に掛けてみようと思ったのだ。

(自由テキスト)

後悔しない為にも思ったらすぐ実行!!

と思い何社かにコンタクト。第一希望のパースの会社はなく、募集はやはり日本人経営の企業が多く、日本から来れる人材を探している所が殆どだった。応募した会社で返事もない所も結構あったが、返信があった会社の殆どがオーストラリアに来てからまたコンタクトして下さい的なあまり熱を感じない内容だった。

そんな中2社のみ近日日本にて面接をするので是非来てくれという内容の返信が来た!

考えてみれば、その情報誌に掲載されていた会社が全て本気で人材を探していたわけではなさそうで、この2社のみが現在人材を本当に欲している感じだった。

そしてその2社と東京でそれぞれ面接したのだが、両方とも現地法人ではあるが日系の旅行会社で1社はケアンズ、もう1社はゴールドコーストに社を構えていた。最初ケアンズの方に行ったのだが、”何か情熱のある人を求めています!”的な事ばかりを言っていて肝心の給与面や労働条件に関してあいまいな点が多く、向こうからは強く誘われたが保留にしておいた。

その点ゴールドコーストの会社の面接では質問した労働条件に関してはケアンズの会社よりは回答が明快だったので、自分としては好印象だった。そして数日後そのゴールドコーストの会社から、自分のタイミングでオーストラリアに来てその会社で働き始めて欲しいという旨の連絡が来たので、ついに願っていた再度オーストラリアに行ける事が決定した!!

正直日本に戻ってきてから、暗雲と閉塞感に包まれていた自分の未来にすごく明るい光が差したように思えた。思えばやはりあの時出会った就職情報誌は神の思し召しか何かだったと思う。あそこで思い切って行動に移せた事が自分のこれからの人生の指針になった気がして、あの時の判断が正しかったことに心が震えた。

 

とにかくこれで翌2003年年明けから新しい生活が始まるぞ!!

わずか10か月弱の日本生活に別れを告げて再びオーストラリアの地へ!